西部公民館秋の茶会 令和4年10月20日
有栖川宮 熾仁 殿下は陸軍大将大勲位功二級
太田垣蓮月は 住職に富岡(鉄斎)家のみ連絡してと静かに逝ってしまいます 棺桶は生前から鉄斎に書かせた蓮と月の絵が描かれた白い布でおおったとのことです
床上巻紙
玄々斎が多田宗c老宛ての手紙は時代状況が解る
博覧会(役員)に行ってて会えなかったお詫びと
業務報告と京都でも斬髪を始めたと相変わらず人身不平があり困っていると
手紙写真クリックで拡大頁へ
茶席は 明治は急に世の中が明るくなりました
軸↑ ↑そして床上の巻紙↓クリックで
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読み下し
など